わたしが誰かを許せない訳。
ある程度の年齢になったらみんな言うこと。
「若いときにもっと勉強しとくんだった」。
あなたもそう思うでしょ? とかよく聞かれるんですけど、
「いや、そうは思わない。たぶんそのころのわたしは、そのころのわたしなりに精一杯勉強したと思うし、
もしもしてなかったとしたら、それはしようとしてもできなかっただけだと思う。
だからあのころに戻れたとしても(こういう発想自体、わたしは嫌いなんですけど)、わたしはまた同じようにしかしないと思う」。
屁理屈じゃないですよー。
本当にそう思うんですもん、しょうがない。
もちろん、もっと勉強しようと思ったらできたかもしれない。
でも、もっと勉強すればよかったって言うのって、そのころのわたしをバカにしてるとしか思えない発言。
そのころのわたしは、そのころのわたしなりに精一杯頑張りました。
頑張った結果がああなって、そして今こうなりました。
今の自分の責任を、あのころのわたしに押し付けるのはかわいそうってなもんです。
というか、過去の自分と今の自分を簡単に結びつけたりするのは安易すぎる。
と思う、わたしは。
確かに今は過去の積み重ねなわけだけど、そのときのわたしは、そのときのわたしなりにいろんなことを考えて、葛藤して、悩んで、苦しんで、そして精一杯頑張った。
間違ったことも何回かあるかもしれない。
人に迷惑をかけたり、傷つけたりしたこともたくさんある。
だけど、そのときのわたしは、そのときのわたしなりに精一杯頑張っていた。
その頑張りを今のわたしがどうこう言う必要はない。
後悔する必要はない。
後悔するエネルギーがあるのなら、今やれる何かにそれを費やせ。
長い時間を経て、今はこういう結論に達しています。
例えば大学受験で失敗した、浪人1年目の人はこうは思えないと思う。
けど、時間がいっぱい経ったら、いつかこういうふうに思うときが来るかもしれない。
来るといいと思う。
嫌なこととかつらいことを経験したけど、結果、今はこういうふうになったよー、でも後悔はしてないよー、って。
という話は、あくまでも自分自身に対しての感情。
もちろん、人に対しては別。
つまり、ここからが本題だ!!
例えば過去付き合っていた彼氏なんかと会って、
そいつにひどいこと言われたことが傷になってたりして、
それについてどう思ってんの? 反省してんの? とか詰問した場合。
こっちとしては、「ほんとうにごめん。後悔している。なんであんなこと言ったのか……。ほんとうに申し訳ない。後悔してもしきれない」っていう侘びを期待してるわけなんです
が、
「あのころのおれは、あのころのおれなりにいろいろ考えてた。
もしもそんな発言をしたんだったら、あのときのおれが考えて言ったことだから、今更どういってもしかたがない。後悔はしてない」って。
は? おまえ、人のことバカにしてんのか!!
人と対峙するときはポーズというものが大事であります。
いくら腹の中では違うことを思っていても、
「この人にこれを言ったらいけないな」
「これを言っておけば相手は納得してくれるだろう」
「まずは場の雰囲気を第一に」
っていう言葉を発しないといけないわけです。
怒ってる相手が目の前にいたら、取りあえず「ごめんなさい」と言わないといけないわけです。
なのに、自分の行為を絶対的に正当化して謝る気配なし、なんて、あり得ない。
おまえはそういうやつだったよな。
いつもそうだったよな。
あんなことやこんなこと、いろいろやった後になって、「最初はそんなに好きじゃなかった」とか平気で言えるやつだったよな。
バカか。
普通なら、本当はそんなにわたしのことが好きじゃなかったとしても、一応は当たり障りのないこと言うでしょうが。
なのに、あくまでも自分の感情に素直に従わないと気がすまない。
甘やかされて育ったやつのよくやることだ。
その素直さのせいでわたしがどれだけ苦しんだか。
たぶん、ぼっちゃん育ちの甘ったれは、そういうこと、相手がどう思うか、なんてことは一切の勘定に入れてないんだと思います。
だから余計に腹が立つ。
そして、これからもそういうふうに人に接する。
もちろん自分は傷つかないから、
「おれは素直ないいやつ。だから誰からも傷つけられることなんかない」とか思う。
人の性格っていうのは不思議なもので、
傷つかないやつは死ぬまで傷つかない、ようにできている。
でもそれは自分が傷つかないだけであって、誰かを傷つけてる可能性は存分にある。
自分はそういうつもりはないから、と思っていても、
相手は感じ方が違うから、
やっぱり、何がつらくて何がつらくないかとか、そこの感情を共有できていない相手とは、どうやったって分かり合えない。
でも例えば同じような感じ方をしない相手でも、同じような苦しみを味わったことのない相手でも、
お互いにもっと分かり合いたい、理解したいと思える間柄だったら、
その差はいくらでも埋められると思う。
「わたしはこういうときにこういうことされたら、こういう感情になる。
だからこういうことはしないでほしい。言わないでほしい」
そういうふうにお互いに言えて、「わかった。しない。言わない」って言えるのなら、お互いにそれまでの苦しみも癒される。
だけどそうじゃなくて、そんなこと知ったこっちゃない、
そんなの、ぜーんぜんわからないーい、って態度でいられたらねえ。
好きな相手でも「死ねよ!」になっちゃいますね。
好きだからこそ、なんでわたしを傷つけるのか、なんでもっともっと好きになれるようにしてくれないのか、っていう葛藤でぐちゃぐちゃになってしまいますよねえ。
今でもこういうふうに思い出しては腹が立ってしまいます。
10年以上前の、顔も思い出せなくなってしまった相手の言動を思い出して、
ひとりで苦しくなってしまいます。
だからね、今できることがひとつあるのなら、
何も言わずに、
あのときどうしてもできなかった、
往復ビンタ、
2、3発かましてやりたい。
そう思うんです。
家庭教師のトライ
薬用リョウガ
アクアクララ
ひまわり証券 ひまわりFX
薬用ポリピュア
「若いときにもっと勉強しとくんだった」。
あなたもそう思うでしょ? とかよく聞かれるんですけど、
「いや、そうは思わない。たぶんそのころのわたしは、そのころのわたしなりに精一杯勉強したと思うし、
もしもしてなかったとしたら、それはしようとしてもできなかっただけだと思う。
だからあのころに戻れたとしても(こういう発想自体、わたしは嫌いなんですけど)、わたしはまた同じようにしかしないと思う」。
屁理屈じゃないですよー。
本当にそう思うんですもん、しょうがない。
もちろん、もっと勉強しようと思ったらできたかもしれない。
でも、もっと勉強すればよかったって言うのって、そのころのわたしをバカにしてるとしか思えない発言。
そのころのわたしは、そのころのわたしなりに精一杯頑張りました。
頑張った結果がああなって、そして今こうなりました。
今の自分の責任を、あのころのわたしに押し付けるのはかわいそうってなもんです。
というか、過去の自分と今の自分を簡単に結びつけたりするのは安易すぎる。
と思う、わたしは。
確かに今は過去の積み重ねなわけだけど、そのときのわたしは、そのときのわたしなりにいろんなことを考えて、葛藤して、悩んで、苦しんで、そして精一杯頑張った。
間違ったことも何回かあるかもしれない。
人に迷惑をかけたり、傷つけたりしたこともたくさんある。
だけど、そのときのわたしは、そのときのわたしなりに精一杯頑張っていた。
その頑張りを今のわたしがどうこう言う必要はない。
後悔する必要はない。
後悔するエネルギーがあるのなら、今やれる何かにそれを費やせ。
長い時間を経て、今はこういう結論に達しています。
例えば大学受験で失敗した、浪人1年目の人はこうは思えないと思う。
けど、時間がいっぱい経ったら、いつかこういうふうに思うときが来るかもしれない。
来るといいと思う。
嫌なこととかつらいことを経験したけど、結果、今はこういうふうになったよー、でも後悔はしてないよー、って。
という話は、あくまでも自分自身に対しての感情。
もちろん、人に対しては別。
つまり、ここからが本題だ!!
例えば過去付き合っていた彼氏なんかと会って、
そいつにひどいこと言われたことが傷になってたりして、
それについてどう思ってんの? 反省してんの? とか詰問した場合。
こっちとしては、「ほんとうにごめん。後悔している。なんであんなこと言ったのか……。ほんとうに申し訳ない。後悔してもしきれない」っていう侘びを期待してるわけなんです
が、
「あのころのおれは、あのころのおれなりにいろいろ考えてた。
もしもそんな発言をしたんだったら、あのときのおれが考えて言ったことだから、今更どういってもしかたがない。後悔はしてない」って。
は? おまえ、人のことバカにしてんのか!!
人と対峙するときはポーズというものが大事であります。
いくら腹の中では違うことを思っていても、
「この人にこれを言ったらいけないな」
「これを言っておけば相手は納得してくれるだろう」
「まずは場の雰囲気を第一に」
っていう言葉を発しないといけないわけです。
怒ってる相手が目の前にいたら、取りあえず「ごめんなさい」と言わないといけないわけです。
なのに、自分の行為を絶対的に正当化して謝る気配なし、なんて、あり得ない。
おまえはそういうやつだったよな。
いつもそうだったよな。
あんなことやこんなこと、いろいろやった後になって、「最初はそんなに好きじゃなかった」とか平気で言えるやつだったよな。
バカか。
普通なら、本当はそんなにわたしのことが好きじゃなかったとしても、一応は当たり障りのないこと言うでしょうが。
なのに、あくまでも自分の感情に素直に従わないと気がすまない。
甘やかされて育ったやつのよくやることだ。
その素直さのせいでわたしがどれだけ苦しんだか。
たぶん、ぼっちゃん育ちの甘ったれは、そういうこと、相手がどう思うか、なんてことは一切の勘定に入れてないんだと思います。
だから余計に腹が立つ。
そして、これからもそういうふうに人に接する。
もちろん自分は傷つかないから、
「おれは素直ないいやつ。だから誰からも傷つけられることなんかない」とか思う。
人の性格っていうのは不思議なもので、
傷つかないやつは死ぬまで傷つかない、ようにできている。
でもそれは自分が傷つかないだけであって、誰かを傷つけてる可能性は存分にある。
自分はそういうつもりはないから、と思っていても、
相手は感じ方が違うから、
やっぱり、何がつらくて何がつらくないかとか、そこの感情を共有できていない相手とは、どうやったって分かり合えない。
でも例えば同じような感じ方をしない相手でも、同じような苦しみを味わったことのない相手でも、
お互いにもっと分かり合いたい、理解したいと思える間柄だったら、
その差はいくらでも埋められると思う。
「わたしはこういうときにこういうことされたら、こういう感情になる。
だからこういうことはしないでほしい。言わないでほしい」
そういうふうにお互いに言えて、「わかった。しない。言わない」って言えるのなら、お互いにそれまでの苦しみも癒される。
だけどそうじゃなくて、そんなこと知ったこっちゃない、
そんなの、ぜーんぜんわからないーい、って態度でいられたらねえ。
好きな相手でも「死ねよ!」になっちゃいますね。
好きだからこそ、なんでわたしを傷つけるのか、なんでもっともっと好きになれるようにしてくれないのか、っていう葛藤でぐちゃぐちゃになってしまいますよねえ。
今でもこういうふうに思い出しては腹が立ってしまいます。
10年以上前の、顔も思い出せなくなってしまった相手の言動を思い出して、
ひとりで苦しくなってしまいます。
だからね、今できることがひとつあるのなら、
何も言わずに、
あのときどうしてもできなかった、
往復ビンタ、
2、3発かましてやりたい。
そう思うんです。
家庭教師のトライ
薬用リョウガ
アクアクララ
ひまわり証券 ひまわりFX
薬用ポリピュア
2011-06-24 17:14
nice!(0)






