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年上が好き。

わたしは年上の人が好きです。

同い年とか年下はあんまり得意ではないです。


なぜなら、
同い年なら、対等の関係でいようとしないといけないから。

年下なら、年上の態度でいようとしないといけないから。


だから昔から「先輩」とか「先生」とか、1歳でも30歳でも年上の人たちと一緒にいるときにものすごい心地よさを感じてきました。


何年間か、同い年の人と遊んだりしたこともありましたけど、

やっぱり居心地悪い。

というか、わたしはこの人と同じ年なのに、この人よりも劣ってるところだらけだ、とか、負けちゃいけない、とか、そういう性格の悪いところがいっぱい出てきちゃうんですよね。


年下の子と一緒にいると、「わたし年長者だからここはおごるべきなのかな?」とか、「なんか年長者らしいこと言うべきかな」とか、そういうこと考えてしまう。


でも年上と一緒にいたら、それがない。

別に最初から対等じゃないし、わたしはただそこにいて、勝手に何か言って、
「おまえ、それは違うよ」と諭されるだけでいい。

その年上の人がダメな人だったら、この人もこんなんだから、別にわたしもこれでいいじゃん、と思える。



これって、すごく楽。


たった1歳こっちが年下ってだけで、論破されてもくやしくない。

あわよくば、良いこと言って「良い考えしてるじゃん」とほめられると、うれしいし。


ぜーんぶ、まるごと自然に受け入れられる。


わたしが誰かで「どんな友だちを作ればいいですか?」と相談されることでもあれば、
「ずばり、年上の人ですね」と答えるところです。



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千差万別

「悩みの原因は単純なものだから、解決できないように思えるものでも、視点を変えるだけで案外簡単に解決できるもんなんだよ。」

ということを言う人がいます。

わたしも「誰かが言った格言」とか「人生哲学」みたいなものを引き合いに出して、すべてをそれで片付けてしまおうとする癖がありますけど、

結局のところ「人生ってそんなに単純なもんじゃねーんだよ!」、
「単純じゃないからこそ、みんな悩んで死んでいくんだよ!」と、実は思っています。


言葉一つで片付けられれば、そんなに簡単なことはないんですよ。

でも違うんですよね。

千差万別なんですよね。


みんなそれぞれにやり方が違うし、考えることが違うし、才能も知能の程度も違う。
家族も違うし、所属している組織も違う。
住んでいるところだって、経済状況だって違う。

だから「誰かが言うこと」なんか、みんなにあてはまるわけない。



テレビでもラジオでも新聞でも、人生相談の類を見るたびに思います。

「相談者の悩みを、さも解決したような気になって」。


相談者: 「子ども大学を中退してひきこもっています。どうしたらいいでしょ?」

答え: 「お母さんはお子さんを過保護にしすぎ。もっと自由にさせてあげたらいい。子どもだって自分なりにいろいろ模索してるんですから」


確かにそうですよね、的を射た答えです。


でも、その子が本当に何かを模索しているのか、わからないですよね?
何にも考えてないかもしれないですよね。

ほっといたらどんどん悪くなっていくだけかもしれないですよね?


こういうことを言うと、屁理屈だ!という話になってしまいます。



でも、誰かに相談して、何かを解決することなんて、わたしは「できない」と思っています。


解決できるのは、問題や悩みを抱えた本人だけ。

本人の「解決したい!」という意思と行動だけだと思います。


誰かに相談するっていうのは「わたしの悩みを誰かに共有してほしい」という逃げでしかないと思います。

そして、誰かと共有できたこと、よければ誰かも自分と同じ経験をしているんだ!という安心感に浸れるだけなんだと思います。


相談して気持ちが落ち着くならそれでいいと思います。

でも、自分の悩みを他人が解決してくれるかも、なんて甘い考えはなくしたほうがいい。



……ということを、いま、自分自身に向けて言っています。

千差万別なので、あなたには当てはまらないかもしれません。




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何のためか、よくわかんないですよね。

毎日きちんと学校に通う小学生や中学生や高校生

彼らを見るたびに「昔はああやって毎日学校に行ってたんだよなあ。よくやってたもんだ」と、
つくづく感心してしまいます。

朝6時に起きて7時に家出るとか、
早いときは6時に家出たりとか、


今じゃ絶対考えられない。

今のわたしなら、絶対無理だ。


でも普通の会社員の皆さんは、ちゃんと毎日決まった時間に通勤してらっしゃる。

わたしなら、絶対無理だ。


それでお給料がもらえるから、みんなそうしてるんでしょうけど、

みんなどんなことを思って毎日過ごしてるんでしょうか。


会社大好き!
今日も会社に行くのが楽しみ!

なんて人はいますかね。

いないんでしょうね。


でもそうしている。
そうしなくちゃいけない。


いったい何のために生きてるのか、よく分からないですよね。

家族のためとか、
老後のためとか、
社会的地位のためとか、
世間体とか、

そんな感じですか。


夢を実現した人や、悟った人は違うんでしょうけど。


お金をもらって嫌なことをするか、

お金はもらえないけど、自分の好きなように生きるか。


あなたならどちらを選びますか。


わたしなら、絶対後者だなあ。

でもお金がまったくないのは困りますねえ。


好きなことを仕事にして、それでそこそこ食べていける。

そんな生き方がいいですねえ。


そんな生き方をしたい、したい、と思いながら、みんな意味があるかよくわからない毎日を過ごしてるんですよねえ。

こんな日々の途中で、急に地球が滅亡しちゃったら、みんなどう思うんだろう。

ま、滅亡したら、後悔も何もないんですけどね。



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仲良くなりたい人と仲良くなる技

わたしの勝手な決めつけにしかすぎませんが、

初対面の人と話をするとき「わたし、実は人付き合いが苦手なんです」ということをちょっと言うだけで、
その人と仲良くなれる率が上がるんじゃないか、と思っています。

というか、「人付き合いが苦手の意味を分からない人」と「人付き合いが苦手な人」は仲良くなれないので、これは仲間探しという意味でも、かなり理にかなった方法。



世の中の人のほとんどが

「友だちがたくさんいるように見える人でも、本当はそれは体面だけで、実は人付き合いは嫌いな人」

もしくは「人付き合いが苦手なのを隠して、必死にみんなと仲良くしようと頑張っている人」

もしくは「本気で人付き合いが得意な人のことを、こいつ、バカじゃねーのと思ってる人」


なんじゃないかと、わたしは思っているので、


数打ちゃ当たる、じゃないですけど、「人付き合いが苦手」というワードを使うだけで、

そう、わたしも、わたしも!

という共感を得やすくなるんじゃないかと思います。


実際に、たまーに会う、名前さえよく知らない、しかし会ったときは時間を忘れてよくしゃべる人たち(こういう人が一番付き合いやすいんです)は、結構みなさん「わたし、人付き合い苦手」と言います。


「たまに会う、名前もよく知らない人」というのは、
なんの利害関係もない人で、別に連絡先も知らなくていいし、こっちからなんのアクションも起こさなくていいような人たちです。



そういう人との関係では、なんの気兼ねもいらないから、結構こっちも向こうも本音で話すことができるんですけど、そういう人たちは、たいてい「人付き合いは苦手」「人付き合いなんか死んでなくなれ!」と言います。



逆に考えてみてくださいよ。

「わたし、人が大好きで、友達もいっぱいいるんです。みんなとすぐに仲良くなれるんです!」

なんて「お前、ベッキーかよ」みたいなこと初対面の人に言われたらどうです?

いやじゃないですか?


わたしなら、「だから、なんですか。自慢ですか? 出会い系ですか?」ですよ。

お前、頭の中、いまだに高校生で止まってんじゃねーの? ですよ。


何を好き好んで不特定多数のわけのわからない人たちと付き合うことを楽しめるのか。


たぶん世の中のほとんどの人がそう思ってるんですよ。


確かに、本気でたくさんの人と触れ合いたいって人もいるでしょう。


でもそれって、なんか非現実的。


わたしからしたら、そんなことあり得ない。



みんな本音を隠して生きてますから、その本音を代わりに言ってあげる、自分から自白してしまう。

それだけで、人との距離ってすごく近くなるような気がするんですよね。




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あやふや

気がついたらいつのまにか30歳になってた……ということはよく書いてます。


これは本当のことです。


「あ、いま自分はだんだんと30歳になっているんだな」と思わずに、
気づいたら、なってました。


おそらくこれはファンタジーなんだ、どこかの誰かがわたしに仕込んだ幻像なんだ、と、頭の片隅、いや、全部で思ってます。


というのはうそですけど、実際にちゃんと考えると、不思議なことです。

でもこういうことが年を取るということなんでしょう。



親やまわりの大人たちは昔から言ってました。

「光陰矢のごとし。あっというまに年とっちゃうから、したいことは若いうちに存分にしておきなさい」と。


わたしはその言葉を無碍にしていました。


しかし幸運なことに、というか、わたしは人に比べて自分のしたいことをまわりの迷惑顧みずにやってきたという罪悪感があるくらい、やってきたつもりなので、

あー、あのときああすればよかったなーとか、あれをしなかった自分の人生はもったいない、
なんてことはあんまりありません。


突き詰めれば、人と触れ合うことが異常に少ないこととか、

この人物として生まれたという事実のもとでは、もはやどうしようもないことだと開き直っているので、別にどうでもいいこととして処理できています。


わたしの存在意義は、そんなことで測れるようなもんじゃない、と思えているからいいんです。


じゃ、どうしたんだ。


いや、別にどうもしないです。


ただ最近、わたしはもう「若くない」ということは感じます。

心は若いのに、体はそうじゃない。
体は若いのに、心はそうじゃない。

どっちの言葉でも説明がつかないです。


でも、もう、いままでの自分と、今、これからの自分が違ってるってことは確かです。




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