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もう面倒なことはしない。

自分は合理主義者だ、とはっきりと言い切ることができます。

無駄なことはしない。


そういう主義でいるのですが、やはり生活のすべてにおいて無駄にならないものなんかないわけです。


わたしにはぼーっとする時間も必要だし、
無駄な買い物もしてしまうこともしばしばです。


そういうことがあるからこそ、ここぞというときは気合を入れて、自分の合理主義なところを総動員して、
合理化に合理化を重ね、超合理化を追求することを目標としています。

ま、そんなことして、なんになるの~? と言ったら、どうにもならないんですけど。

ただの自己満足です。

よっしゃー! 今日のわたしは超合理主義だった。よし、これで満足、納得できた。

そうなればいいだけの話です。

そしたらその夜はぐっすりと眠れるわけです。


合理化は、それを使う人によって意味合いは違うかもしれません。

例えば1円も無駄にしないようにするのを合理化と呼ぶ人もいるでしょうし、
例えば1秒も無駄にしないようにするのを合理化と呼ぶ人もいるでしょう。

また、自分の体を極力動かさないですむようにするのを合理化と呼ぶ人もいるでしょう。


わたしの合理化は、ちょっと考えてみますと、

できるだけ時間を無駄にしないこと、
できるだけ遠くに行かないですむこと、

だということが分かりました。

金はどうでもいい、別にあっちが100円高かろうが1,000円高かろうが、そこが遠かったり、届くのが遅かったりしたら、わたしには全く意味はないのです。

つまり、ただのめんどくさがりなだけです。


あー、めんどくさがりだなー。

運動するのが面倒だから太ってしまたったり、
買い物に行くのが面倒だから食べずに痩せたり、

すべてが自分の合理主義という名のめんどくさがり体質に左右されてるわけです。


さて、もう12月になります。
今年も年賀状を書かなくてはいけません。

去年は合理主義が礼儀に負けてしまい、
表も裏もすべて筆で書く、という暴挙に出てしまいました。

それまでのことを考えると、年賀状自体出してなかったくらいなんですが……。

疲れたので、今年はそれはやめようかと思います。


最近はネットで好きなデザインを選んで、自分の住所とか相手の住所とか入力したら、届けてくれる、というサービスがあるようです。

つまり郵便局で年賀はがきを購入することもなく、リアルな年賀はがきに面と向かうこともなく、ただパソコンの画面にちょこっと入力するだけで、

ちゃんとした年賀状が送れちゃうという。


すごい。

これなら「間違ったー!! また50円無駄にしたー!! いったい書き終わるのに何時間かかるんだー!!」ということなんか一切ない。


すごい。


今年はこれでいこうかなと思ってます。


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自分がいくつぐらいに見られてるのか、ものすごく気になる。

最近のテレビの見方は、もっぱら
「わたしはこの人と比べて老けて見えるだろうか、それとも若く見えるだろうか」ということ。

最近のテレビってなんだか知らないけど、
だいたい名前のあとに(××歳)って書いてありますよね。

あれ自体はなんでそういうことしてるのかわからないですけど、
なぜか、それが気になる。


例えば31歳の女の人が出てきたら、
「わたし、この人と並んだら老けて見えるのかな、若く見えるのかな」、
そういうことばっかり考えてる。

この時点ですでにわたしは自分の「老い」を感じている。

悲しいかな。


おそらくサンジャポによく出てる橘胡桃っていう人は、29歳で年下ですけど、あれはサバよんでるし、整形してるからどうでもいいんですけど。

間違ってたらごめんなさーい。


でも、若く見られればいいってもんじゃないんですよ。


たまにいますよね、40過ぎてるのに化粧もせずに中学生みたいな格好してるおばさん

そういう人が「よく中学生に間違えられます」とか自慢げに言ってるのって、
別に肌が若々しくきれいだから、っていうことではなくて、

「幼稚に見えるから」「大人の洗練された美しさがないから」ですからね。

別に褒められてるわけではない、ってことに気づいてないだけ。

ま、↑これは極端ですけど、

30歳の人が20歳に見られるっていうのも、自慢にはならない。

バカにされてるだけ。

見下されてるだけ。

だから若く見られるのも、良いことばかりではない。



じゃあ、あんたはいったい何歳に見られたいんだ!!


わたしは、3歳下ぐらいがいいです。

それくらいがいいです。


27、8ぐらいの人と並んで、見劣りしないくらいでいたい。


年齢は容姿だけで判断されるものではなく、たたずまいとか言葉の使い方とか、話し方とか、身に付けているものとか、そういうもの全部で判断されるわけですから。


でもね、こういうこと言ってますけど、わたしは知らない人にサバよんで年言ったりしませんよ。

わたしはちゃんと、「31歳です」と言いますから。

それに「わたし、いくつに見えます?」とかパワハラめいたことしませんから。


相手に「あ、この人たぶん××歳ぐらいだろうけど、そんなこと言ったら怒られるだろうな。ここはちょっと喜ばすために下めに言っとくか」なんてことは思わせませんから。


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自分のことを苦労人だと言う人のことは信用してはいけない。

勝手な意見です。

人はそのときそのときで、自分で自分の道を選んで生きているので、

苦労してきた人=自分が苦労すると分かっている道を選んだバカな人、という見方をしています。


確かに避けられない状況で苦労してしまう人もいます。

親が借金こさえて、自分がそれを背負わされるはめになったとか、病気になって仕事を失ってしまったとか。


そういう抗えない状況で苦労せざるを得なくなった人のことは、なんとも思いません。
大変だな、と思うだけです。


でもそうじゃなく、変な男と結婚して、即行で離婚して、母子家庭やっちゃってるような人とか、

ちゃんと調べずに変な会社に入っちゃって、ろくに休みももらわずに働かされてる人とか、

そういう人は、かなり頭が弱いんだと思います。


最近多いですよね。

自分がシングルマザーやってるのを美化して、
「すごい頑張ってるでしょ、苦労してるでしょ、私」っていうような人。

別に本人はそんなことちっとも思ってないかもしれないですけど、テレビとか雑誌とかの取り上げ方は
「シングルマザー=苦労人=尊敬すべき」ってな感じです。

え? なに言ってんの?


離婚して、母子家庭やってるのがすごいわけないじゃん。

離婚しないといけないような男選んだ、ただのバカ女じゃん。


そういうことですよね。


まあ、別にあれこれ言っても仕方ないので、このへんで。


取り合えず、「苦労は買ってでもしろ」という言葉は、あれ、うそですから。

自ら進んで苦労するような人は、ほかに道がないのか考える頭がないバカか、人にいいように使われてることに気づかないバカですから。

どっちにしろバカですから。


苦労しなくていいのなら、苦労はしなくていいのです。

自ら進んで茨の道なんか歩かなくていいのです。

荒れた手は時間をかけてもなかなかもとには戻りません。


働くのは大事。
勉強するのだって大事。
ちょっと無理をするのだって大事。

でも、自分から進んで苦労なんか、絶対にしたらダメ!


苦労するかもな~、って思った瞬間に、待てよ、ほかの道があるかもな? って考えるべし。


もしも苦労を強いられることがあったら、逃げるべし。


世の中にあふれる「苦労人」といわれる人たち。

そういう人の本とか読んだらね、「あーあ、なるほどね、どうりで苦労するはずですわ」ってなりますもん。


ちゃんとした家庭に生まれて、ちゃんとした教育を受けたのなら、無理して苦労なんかするべきじゃない。


だからわたしは、自分から手を挙げて
「わたしは苦労人です」という言う人と、
それを崇め奉るような人のことを、
絶対に信用しません。


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拒否反応。

こういうの、あんまり人として良くないと思うんですが、
ある一定の人にものすごく嫌悪感を抱いてしまうってこと、ありますよね。

その人が本当はどういう人なのかは関係なく。


ある一定の人。


例えば新興宗教とかねずみ講に入ってる人。

まあ、これは世間一般のまっとうな考え方をしてる人ならそうでしょうけど、

いくらその人が優しかったりちゃんとしてても、××に入ってる、ってだけで、

ごめん、勘弁して。あんたがどういう人だかしらんけど、わたし、あんたのこと拒否ります。

そんな感じ。


あと、わたしの場合でいうと、何かのノルマを持ってる人。

たとえたら保険会社の人とか、セールスの人。


こういう人たちって、わたしの中では新興宗教とかねずみ講の人たちとほぼ一緒のくくりになっちゃってます。


でも、例えば保険の勧誘でノルマを持ってるような人でも、

簡単に「今月はこれだけのノルマあるから、どんな方法でもいいから、やんなきゃいけないんだよ」って言ってるときはまだいいんです。

ガツガツしてるような感じってのは、まだいいんです。

だってごはん食べるためにしてることですから。

わたしもその立場になれば、陰では「こんちくしょー、お前の契約で今月のノルマクリアできるんだよ!」ってなると思いますから。


じゃなくて、わたしがいやなのは、そういうガツガツ感とか必死さを言いたくないばかりに、別の言葉に摩り替えて、

「新しい自分を見てみたい」とか、
「ノルマ達成が目標ではなく、そこで何か新しい体験をしたい」とか言っちゃうような、きもい人たちです。


そういうの、すっごいきもちわるくないですか?


どうしたらそんなきもち悪い言葉を思いつけるのか。

たぶん研修のときとかに、そういう言葉を植えつけられてしまうんでしょうが。

ね、外の人間からしたら、そういうの気持ち悪い。


それに、そういう人たちは必ず「仲間」とか「先輩」とか、そういう言葉をやたらと使いたがります。


「仲間がいてくれるので、わたし一人じゃないんだっていつも心強かったです」とか、
「先輩がわたしをここまで導いてくれました」とかね。

これって、ねずみ講とかと全く一緒。


仲間とか先輩とか、なんかすっごいうさんくさい言葉じゃないですか。

へー、だから、なに? みたいな。


いつまで人のことあてにしてんだよ、みたいな。


ま、その人たちはその人たちの世界で一生懸命生きてるから、わたしのような人のことばっかり悪く言ってるような人間がどうのこうの言う権利はないとは思うんですけど、

わたしはそういう人たちの中には絶対に入りたくはない!と心から強く思います。


ま、一生そんな人と一緒に何かするなんてことはないんでしょうけど。


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