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1979,I was born in hell on this year!

夏が終わると、秋が来る。

そしてわたしはまた一つ年を取る。


一つ年を取っても、頭の中はこどものまま。

こどもの頭のままで、外見だけがどんどん劣化していく。

じわじわと忍び寄る恐怖!!

とんでもない恐怖!!



(30代をおばさんだと言ってるような若い子、お前らもいつかこの恐怖を味わう時が来るんだぞ!)



先に32歳になった1979年生まれの皆様、ご愁傷様です。
わたしもすぐに後を追わせていただきます。




……憂鬱です。

正直22くらいから毎年毎年、次の誕生日までに○○が××してくれたらいいのになあ、と思い続けています。

わたし以外の地球のみなさんには申し訳ないですが。



でも、ま、いいや。

みんな必ず1年に1つ年を取るんですからね。
わたしだけじゃないですからね。


年を取るのが怖いとか言ってたら、何もできやしないですしね。


って、こんなこと言うのって、日本人だけらしいですよ。

フランス人とか「早くマダムになりたいわー」って。



はい、誰か電通かなんかの人、そういうキャンペーンやってください。

40代とか50代とかはどうでもいいんで、熟女とかそういう気持ち悪いワード使わずに、
20代後半、30代前半ぐらいの、自信なくしかけの中途半端な年齢の女にスポット当てて、


「30代、みんなで年取れば怖くない!」とか、
「年上女が今熱い!」みたいなキャンペーンやってください。

地下鉄の駅にずらーっとポスター貼ってください。



お願いします。





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父親との関係性から、その女の男性観がわかる。

母と娘は一生分かり合えない。

よく分からないですけど、友達のような母娘とかうそ。

絶対に分かり合えない。

だから街中で手つないでる母娘とか見ると、うそでしょー、ってなる。



勝手に思ってるだけなんですけど、たぶん腹の中ではお互いに何かいち物持ってるはず。

だって本当に仲良かったら、別に形にする必要なんてないでしょ。

あえてそうすることで、そうなんだよって見せかけてるようにしか思えない。


別にそんなに仲良くない女二人が「わたしたち、親友だもんね」とか言ってるのと同じ。



女と女は難しい。


むずかしいですよ。

いくら血のつながった親子とはいえ、全く別の人格なんだしねえ。




穿ってますかねえ。


だからわたしは、子どもを持つとしたら男の子しか無理かもしれない。

女の子とどう対峙したらいいのかわからない。

(いまのところ)





まあいいや。

今回は父親と娘の関係性について。



この二者の関係性っていうのはよくよく考えてみると面白い。

よくよく考えて書くのが面倒なので省きますけど、


ようは、一番身近な異性である父親との関係性っていうのは、その他すべての異性に対する感情の集大成というか、出発点というか、そういうものに違いないということです。


(男にしても女にしても、本当は母親との関係が人格形成というの面では一番重要なのは当たり前のことですけど)


学術的なことは省きますよ。
間違ってたらいけないし。



ただ男にとっての母親がそのまま求める女性像になるのと同じように、

女にとっても、求める男性像はかなり自分の父親に近いんじゃないか、ってことです。


(っていうのを、ハゲデブでチビなお父様をお持ちのお嬢さんに言うのは酷というものでしょうか)



まあ、わたしの場合は「父親みたいな」とは言いませんけど、どこか同じような要素を求めがちではありますね。


もちろんそれより優れている人であることは大きな条件ですけど。



まあいいや。

暑いからね。
イヤになっちゃいますねえ。



取りあえず、ある程度の年齢になってまで自分の父親のことを憎んでるような女の人っていうのはかなり厄介だと思うんです。


でも、男ってキライ! とか、

セックスなんか不潔だわ! とか言えてるうちはいいんだと思うんです。


すごくいい男性にめぐり合えたら、それで男性観が変わることもあるだろうから。


そうじゃなくて、自分の中の負の感情に気が付かないままで、それが性の方向に走ってしまって、やたらと奔放になってしまったり、もっとひどい場合だと自分の体を物だとしか思えないような人になってしまったらアウト。

平気で風俗嬢になったり、誰かまわずやっちゃうような人になったり、刺青入れたりねえ。



だからそういう類の女の人を見ると、なんかかわいそうな家庭だったのかなあ~、お父さんはどういう人なんでしょうねえ~、なんて同情はしないけど、勝手に分析しちゃったりしますねえ。


自分がそうじゃないってこと知ってるから、高みの見物がてら。




暑いからイヤになっちゃいますねえ。
何を書きたいのかわからなくなっちゃいましたよ。



ええと、男性に伝えたいこと。

目の前の女の人がどういう男性観を持っているか、ひいてはどういうセックス観を持ってるか、っていうのは、
父親のこと聞いたら分かるんじゃないでしょうか、ということ。



Q.君のお父さんってどういう人?

普通、とか、別に~、ぐらいだったら、その子は普通。いたって普通。普通に接して!!


なんか濁すような感じだったら男に対していち物持ってる。
過去に何かあって、将来も何かある。認めてあげて!!


弟や妹ばっかり可愛がって、わたしはちっとも可愛がられなかったって言うような感じの子は、本当はものすごい愛を欲している。愛してあげて!!


悪口を言っても、「うちの父さんは○○でさー」とかいった感じで、よく父親のことを口にするような子は、ただのツンデレ。本当は情に厚い。かわいいねって言ってあげて!!


「うちのお父様は」とか「すごく尊敬できる人で」とか妙に奉ったような言い方する子は、やっかい。
父親以外の男を見下しにかかる。融通が利かない。力でねじ伏せろ!!




何でも理由があって結果があるわけですから、その理由の部分を軽くでも探ってやると、結果というか近い将来、遠い未来っていうもんが、ある程度わかるはずです。


しかも家族、親っていうのはその人の根本ですからね。

親にされたようにしか人にしてあげられなかったり、

されなかったからこそ、それ以上のことしてあげたいと思ったり。



まあ、一概にはいえないんでしょうけど、なんか面白いなあと思ってみたり、悲しいなあと思ってみたり。




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嫌なのは、思いどおりにならないこと。

世の中の成功者と言われる人たちは、至極わがままな人が多い、と聞きます。

別にIQが140あるとか、人心掌握術に長けてるとか、そういうのではなく。


あくまでも自分の欲望に忠実だから、そのためだったらまわりがどう思おうがなんか全くおかまいなし。

まわりのみんなはそのパワーに圧倒されて、気づいたらわがまま野郎の一人勝ちっていうパターン。


まあ理屈はわかります。

わがまま放題やってりゃ、ストレスもたまらないし、夜はぐっずり。
胃が痛くなることなんかなくて、夢は膨らむばかり。


したいことを一から十まできちんとやってりゃ、そりゃなりたい自分になれるでしょう。

欲しいもの、全部手に入れることができるでしょう。

そんなの当たり前。


でも世の中の大多数の人がそんなことできない。


だって人に嫌われたくないし、迷惑かけたくないし、失敗して傷つきたくないし、できない情けない自分を見たくないから。

したいことするったって、お金も時間も必要ですしね。



まあ、ようは臆病なだけですね。

だから後々、ああすりゃよかった、こうしときゃよかった、となるわけです。


もちろんわたしもですよ。


もっとガツガツいっててもよかったんじゃなかろうか、とか、
恥も外聞もなくアピールしてたら、今ごろはもっと違う自分になってたかも、って。


でも、ちょっと前の話の続き、そのときの自分はそれをしなかった、できなかったんだから、もうそれはしょうがないんですね。

その時点で自分の性格にインプットされてなかった行動パターンなんだから、
だからたぶん今もその行動パターンは自分には馴染まない。


でも後悔するんだったら、さあ、今からやろう、みたいな。


今できなかったら、いつだってできないからね、みたいな。


でもちょっと難しいかもね、って。


バックパック背負って世界一周ヒッチハイクの旅なんてしてみたかったなー、っていう人に、
じゃ、今からどうぞ、って言っても、その人はお金があっても、時間があってもしないでしょう。




ユッケ問題の社長とか、普通の人からしたら、

ちょっとテンション高すぎじゃね?
どうやったらそんなテンション保てるわけ? ってなりますけど、



若くして成功してる人とかって、ああいうタイプばっかりらしいですよね。

なんていうか、普通じゃなっていうか、イっちゃってるっていうか。

でもそれが当たり前っていうか。


イっちゃってるからこその、社長、みたいな……。



逆に言うと、誰が見ても普通、どこにでもいそうな人っていうのは、あくまでも普通な人で、大それたことはできない。




別に大それたことして注目浴びたいとか、成功して六本木ヒルズに住みたいとかないので、ここまでの話はどうでもいいんです。

ただユッケの社長もあれはあれでしょうがなかったってことです。



わたしが求めるのは、自分の思いどおりに事が運ぶこと。


全部じゃなくていい。半分くらいいい。

別にみんなに好かれたりしなくていいし、お金も有り余るほどはいらない。

ただ「神様はこのわたしをお見捨てにはならなかったんだ」って言いながら死にたい。




後から考えると、すべてはわたしの潜在意識の望むとおりになってたよね、って。


なんだかんだあったけど~、
この展開でオーケー。


世界はわたしのものだー! って一瞬だけ本気で思うような。


欲しいものひとつ手に入れたら、あとのこと全部どうでもよくなっちゃう感じ。




ちなみに、

別れ話で泣くっていうのは、別に一生会えなくなるのがつらいわけでも、一人になるのが寂しいのでもなんでもなくて、

ただ「思いどおりにならないからくやしい」ってだけ。

自分の思いどおりにならないから、泣くの。


「なんでお前、このわたしの思いどおりにならないんだ」って。


少なくともわたしはそうです。







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デモ行進したいくらいです。

自分のことはすべて自分で処理する。

ということを各自がちゃんと完遂できていれば、誰も迷惑を被ったりはしないはず。


各自の人生は各自の自由と決定と責任という基本下にあるはずなのに、
なぜかそう思わない人がいる。

(わたしもかもしれないけど)


こうするけど、こういう結果になるかもしれないから、そのときは誰にも迷惑をかけずに、
どうにかこうにか全部自分で責任取ります、取るつもりです。

(どうにもならないから自殺するっていうのは最低ですけど)


みんながそうあればいいのにな。




例えば、わたしはこう考えます。


人生の悩みの種の多くが、他人によってもたらされるものだ、と。

(人は一人で生きているわけじゃない、っていうのは、たぶんこういう理由があるっていうのも多いにあると思う)


自分はちゃんとちゃんとやってるのに、例えば親が、例えば兄弟が、例えば友達が、例えば同僚が、例えば上司が……

というふうに、いつも誰かによって自分の安息が脅かされている。


わたしはちゃんとやってるのに、なんでそういうことになるかなあ……と。



おそらくほかの人からしてみれば、自分もその人の悩みの種の一つだったりするわけでしょう。

どんなことでもお互い様なことはあるわけですから。



でも、人に迷惑をかけないように自分のことだけはきっちり処理するよ、って人と、

まあ、どうにでもなれや、って人、


この二者を比べたら、誰かにかける迷惑の度合いって全然違いますよね。


前者だったら、まあ病気をしちゃったり、事故に遭っちゃったり、そういう不可避な迷惑に限られたりするんでしょうけど、

後者はどうだ。


まあ、ありとあらゆる迷惑が湧き出てくるでしょうよ。


仕事だったら、お前がちゃんとやってりゃ、こんなことにはならなかったんだよ! ってことはよくあることですし、

友人関係をはじめとする人間関係だったら、なんで? そんなことわたしに関係ないんですけど、ってことはよくあります。


不倫するバカとかね。

(久しぶりの不倫撲滅運動です)


もうそういうバカっていうのは、ほんと自分のことしか考えてない、他人様に迷惑かけるのが生きがいだと思ってるような輩ですから、まわりの人間はほんと迷惑。



「好きになった相手がたまたま既婚者だった」とか、
「向こうの家庭はすでに崩壊している」とか、
「お互い割り切った関係だから」とか、

そういうのはただの詭弁であって、理屈も道理もあったもんじゃない!!


というか、世の中の道理というものは決まっているのでありますから、
その道理に外れた、自分の性欲を満たすことしか考えてない犬畜生のようなやつは、それに値するような仕打ちを受けなればいけない。



「こいつらは性欲まみれの犬畜生です」という焼印でも押してやらないと気がすまない。


(別にわたしは不倫している人間に迷惑をかけられたことはないんですが、そういうやつがいること自体が許せない)



江戸時代の罪人のように、額に刺青でも入れるか?

あんたらそれぐらいのことしてるんですよ。



っていうことを、本人たちは全く自覚してないってことが、これまた腹立たしい。


たぶん世の中というのはごく一部の、人様に迷惑をかけまいと努力する善良な市民によって保たれているんですが、

その裏で自分の欲望にかまけてる人間がいる。


確かに別にみんなが健康で善良で、タバコを吸わない、酒を飲まないっていう世界はどうかと思います。


なんでみんなが長生きをしないといけないのか。

なんで老人みんなが皇潤を飲まないといけないのか、と思いますよ。


別にタバコ吸おうが、酒飲もうが、早死にしようが、いいじゃないかと。

年とって階段かけあがれなくてもいいじゃないかと。


世の中なんか間違ってると思うこともありますよ。


でも、基本的なところで迷惑をかけないように頑張ってる人と、自分の欲望のことだけ考えてる人が一緒にいるのって、なんか気持ち悪いんですよね。


気持ち悪いんです。



例えば、一夫多妻制の国や地域があるように、不倫オーケー、なんでもあり、なところがあってもいいとは思いますよ。

その制限区域内であればね。


でも、その外の、ダメって言われてるところで、あえてそれをやるっていうのは、ほんと脳みそ腐ってるとしか思えない。


この日本という国で不倫するとどうなるか、普通の人間ならだいたいの予想はつきますよね。


普通の恋愛のように、ちょっと経てば、当然お互い飽きて別れる。

(たいていの場合、不倫するバカは「リスクのある恋愛に溺れてるわ、わたし、おれ」「なんか悲劇のヒロインっぽくてすごくない?」とか、そういう類の、すぐにでも精神病院送りにしてもいいような妄想にとらわれてるようなやつらですから、そのあとの人生も完全にズタボロですよ)


もしくは、

相手がこれ以上こんな関係を続けられないと、泣いて別れ話を言ってくる。→ 振られたほう、ストーカー化ね。

相手の奥さん、家族にみつかって、地獄の沙汰。→ 法律的な問題が湧いてくるね。

会社にバレて、女クビ、男左遷。→ 社会的地位が一瞬にして崩れ落ちるってどんな感じでしょうね。

近所にバレて、村八分。→ 引っ越しでもするか?


はい、こんなところです。


もしも相手が妻か旦那と別れて、結婚したとしても、

「あそこのご夫婦って、不倫略奪結婚なんですってよー」って後ろ指さされるのが完全なるオチ。



はい、まったくもっていいことはありません。


だから、それでもいいっていう人だけしてください。



まあ、結局は自己責任です。

いいことなら「これはわたしが努力して勝ち取ったものですから!」と堂々と言えるんですけど、


悪いことなら、「これはわたし一人の責任ですから」って言ったとしても、
「何言ってんだよ。お前だけの責任じゃすまないんだよ」ってことになります。

その「自己」の中には自分だけじゃなくて、家族とか親戚とか会社の上司とか、自分だけじゃないいろんな人が含まれてるってことも忘れたらいけないわけです。


いろんなことが絡んで連帯責任になっちゃうわけですから。


だから変なことにならないように、事前に、未然に、道理に外れたことをしないように、そしてできるだけリスクが広範囲に及ばないように、


自分のことは自分で処理する!

処理できないことはしない!


そういう感じで生きていきたいものです。




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帳尻合わせ。

ひまなときはすっごいひま、
忙しいときはすっごい忙しい。

人に会うときはすっごい会う、
会わないときは全然会わない。


わたしの人生その繰り返しです。


なので、すっごいひまで引きこもり状態なときも「まあ、どうせまたすっごい忙しくなるから、いまのうち寝とこう、海外ドラマしこたま見とこう」という感じで変に焦ったりしないようにしています。

どうせ後で帳尻合わせしないといけないから、って感じですね。


ま、これはわたしの経験上の統計なので、すべての人にはあてはまらないと思います。



が、人の人生というか、世の中のすべてのことにはどこかそんなところがあって、
上下変動を繰り返しながらも、その中でも、結果を見れば、まあ、こういうふうになるのはだいたい分かってたよね、全部あわせてみたら、これでプラマイゼロになるね、っていうところがあったりします。




別に美輪明宏信奉者じゃないですよ。

ただ、何かを犠牲にして初めてそれに見合った結果が出るのだから、
結果が大きいほど、それに伴う犠牲も大きくなるのは当然だよね、ということです。

犠牲がなかったのなら、当たり前のように結果もないよね、ということです。


(カルマがどうとか、そういうのは全然関係ない)

(いくつで死ぬとか、そういうのも全然関係ない)



大勝したいのなら、何回も賭けないといけないし、それだけの額突っ込まないといけない。

賭けないで勝つなんか絶対にあり得ない。




歩合制人生っていったところ?


歩合給とか別にどうでもいいのなら、ダラダラやって、好きなことやって、楽な生き方すればいい。
そのかわり、もしかしたら給料自体減らされるかもしれない。食うや食わずになるかもしれない。


でも歩合給を増やしたいのなら、人の2倍も3倍も働かないといけないし、その分嫌な思いもしないといけない。
もしかしたら人に妬まれることだってあるかもしれない。


その中間ぐらいを目指すのにも、それなりの努力と犠牲は必要だし。


つまりどんなところにもそのための犠牲があって、善しにしろ悪しきにしろ、それに見合う対価みたいなものは、必ずあると思うんです。



そう、対価。


対価っていうのは大事な言葉です。



『×××HOLIC』みたいに。

別にお金に限らず、そのやったことを認める、存在を肯定するようなもの。


もちろん見返りという意味ではなく。



普通に働くのなら、お給料。

ボランティアなら……対価を求めないという前提だから、なし。
でも達成感とか評価とか感謝の言葉がある意味対価。



だから給料がもらえないなら、そこで働く必要はない。

完全に何の対価もないボランティアなんて、成立しないと思う。
誰もやりたがらないと思う。




人との関係も同じように、

見返りを求める気持ちはなくたって、相手に何か(対価)を求める気持ちがあってこそ成立する。



一緒にいて楽しいっていうのは、話を聞いてくれるとか、面白い話をしてくれるとか、何かこっちが求めるものが満たされるからだから、


何も求めない相手なんかとは人間関係は結べない。

いくら印象がよくたって、何の対価も与えてくれない相手とは長続きしない。


物々交換。
等価交換。



聖人じゃないんだから、罵倒されながら優しくなんか、誰もできない。



だからね、特に努力もせずに願い事ばっかりしたりとか、
自分は何もしないで、人にあれしてよ、これしてよとか、


そういうのはいけないと思うんですよね~。









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