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親にいえないことはするな。

エッチなこと以外、
仕事とか、交友関係とか、親に胸を張っていえないことはしてはいけない。


親にいえないということは「いけないことをしているから」という後ろめたさがあるから。

後ろめたいということ=いいことではない。

簡単な理屈。


最近の大学生は、バイトで水商売とかするらしい子が多いらしいですけど、
そういうのって、おそらく親御さんは知らないんでしょ?

親に胸張って「あのね、お父さん。わたし、水商売のバイトしてるの!!」なんていえないでしょう。

「うちの娘は水商売のバイトしてるんだよ!!」なんて近所の人にいう親はどこにもいないでしょ。


風俗は論外っていうのはいうまでもない。

てか、誰にもいえないでしょー。



あと付き合う人。

「この人は親に紹介できるか」と考えると、結構ちゃんとした人間選びができる。



別にすべて親のこと考えて、親のために生きろっていってるんじゃないです。

ただ「親」という視点を借りて、自分のことを客観的に見る癖をつけたほうがいいということ。


偉そうなこといって恐縮ですが、だらしない人はこういう視点が欠如している人が多いなー、そういう人はかわいそうな人生歩んでるねー、と思ったので。


後悔先に立たず、です。





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しないなら言うな。できないなら期待させんな。

うそ、とまではいいませんが、

「あんた、言ってたよね。でもしないよね。ていうか、最初っからするつもりなかったんでしょ」ということが、わたしのまわりには多いような気がする・・・。


というか、世の中ってのはそういうものなのか・・・。

というか、勝手に期待してしまうわたしがバカなのか・・・。


わたしとしては、「今度××しますんで」っていうのは、ほぼ100パーの確率ですること。
だから、人からそういわれると、

「よっしゃー、やってね。期待してるから!」となってしまう。


でも結果、実らないことが多い。

それを言った本人は「え? わたしそんなこといいましたっけ?」とばかりにしれっとしてる。

おそらく言ったことすら忘れてる。


だからわたしも「あのー、この前××するっていいましたよね?」とはいえない。


わたしは変なところで記憶力がいいので、約束は忘れないんですよ。
相手が忘れてたとしても。


「お前なー、いつまで待たせるつもりなんだよ」
「約束きっちり果たしてもらうまで、こっちから連絡せんぞ」

そんな感じなんで、忘れっぽい相手からしたら
「なんであの人あんなに怒ってんの?」となる。


そういうことでこじれた人間関係がいくつあると思ってんだ。



ということで・・・怖がられるのが嫌だから、できるだけ感情は表に出さない。

そしたら相手に自分の気持ちを伝えることができない。


約束→反故にされる→怒り→表に出さない→伝わらない→約束自体を完全に忘れられる→怒り→表に出さない
→いつまで経っても約束は果たされない。永遠に。

そんなことのループです。


最初から
「人のことは信用しない。人の言葉は信用しない。約束なんて最初からないと思え」という、男前なスタンスだったらいいんですけどね、それじゃまた冷たい人と思われる。

し、わたしはものすごく期待してしまう、どうしようもない人間。

ほんのちょっとの可能性にもすごく浮き足立ってしまうんですよ。



だからもし誰かと約束することがあったら、できることだけ、確実にすることだけにしましょう。

「忘れ去られてしまった約束」の裏で、涙を堪えてもだえ苦しんでる誰かがいるかもしれませんからね。




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蠍座の女子たちよ、10月のパーティーには参加しないといけないらしいですよ。

福山雅治のファンではないんですが、その次の『NISSAN あ、安部礼司〜BEYOND THE AVERAGE』が好きなので、なんとなくその前の福山雅治のラジオを聞くことがあります。


で、きのうの放送。

福山氏は「楽しいことではなく、嫌なことばかり覚えている。人生を楽しいと思ったことがない」というような趣旨のことを言っていました。

ながら聞きなので、このとおりに言ってはいないと思います。

ニュアンスです。

ヒャッホーって楽しめてないって感じ、
わたしはなんとなくわかりました。

わたしも楽しめないので。


ファンじゃないから、福山氏がどういう人かというのはあまり知らないですが、
なんとなくその「暗さ」に惹かれている人もいるのかなあ。

完璧に明るい人を好きな人もいるだろうけど、
「なんかこの人暗い。なんか抱えてるんだろうな」っていうのも、ものすごく魅力的ですからね。

その裏に何があるんだろうと思わせるのも、一つの魅力。


なんか「全部楽しい。なんでも楽しい。なんで楽しめないの? こんなに楽しいのに」って言われるの、引くんですよね。


あっそ。
あなたはそうでしょうけど、わたしは違いますよ、って。


心配することばっか。
後悔することばっか。
恥ずかしいことばっか。
つらくなることばっか。
人のこと気にしてばっか。


そういうことぜーんぶひっくるめて、あー、自分の人生、なんかねえ。
でも、ま、これはわたしの性格がそうしてるもので、もうどうしようもないんだよねえ。
ここから変わって「人生楽しいことだらけ!」になることなんてないんだしねえ。
そりゃ、そうなれればいいんだけど……。


ということに、だいたい中学生ころには完璧に気づいて、で、そのあとはもうそのパターン。


だれでも「自分のパターン」ってありますよね。

こういう人とは合う、合わない。
こういうときはうまくいく、いかない。
こういう場合、考えすぎるのがいいのか、悪いのか。
などなど。


わたしはもうそのパターンが完全に自分に染み付いていて、
もうそれしかあてにしていません。


直感で判断。

何かの集まりがあったとして、中に入った途端、そこのいる人たちを見た途端、
「あ、いける!」と思ったら、100パーいけるし、「無理。帰ったほうがいい」というときは、最後までいたらだいたい気分の悪い出来事が起こる。


一般的に楽勝なことでも、舐めてかかったら痛い目に遭う。
楽勝と思えることほど、慎重にならなければいけない。


だからもう誰がなんと言おうと、自分のパターンとそれに基づいた第一印象しか信じていない。


なのに……(ここからが本題)。

橘さくらの星占い【星座別 恋愛運】橘さくらが、鑑定します! 2011年版」によると、

「10/15ごろ、そして、太陽と木星がリンクする10/29ごろは、輝きに満ちています――次に同じ星回りが起きるのは12年後ですよ!――このころ、多くの祝福を浴び、婚約や結婚を発表する蠍座さんも多いでしょうし、新たな、結婚に繋がる出会いも期待できます(※2)。
※2 もし、このころに知り合いの結婚式や、パーティがあるなら、何が何でも出席すべきです! また、友人に紹介を頼むのであれば、このころにブラインドデートの設定してもらうといいかもしれません。」

なんだと。


わたし、このころの集まりをすでに拒否しています。
誘われたけど、直感でイヤだ! と思ったので、その場で拒否しています。


しかし、その断ったあとにこの記事を発見し、ちょっと揺らいでいます。

自分でもバカだと思います。

星占いごときに左右されて、と。


どーせ、その集まりに行ったとしても、おそらく自分の直感は当たっていて、気分の悪い結果になるのでしょう。



しかし、もう一人の自分が耳元でささやくのです。

「あんた、この人生変えるには、自分の殻を破る必要があるんじゃないの? 自分のパターンとか直感とかに頼ってたら何も変わんないよ。それでもいいの? もしもそこでいいことがあったらどうする? なんで来なかったのー? ってあとから言われるのイヤなんでしょ? もしも嫌なことがあっても犠牲にするのは自分の気持ちだけだよ? 50/50なら、賭けてみてもいいんじゃない?」


こうも、もう一人の自分の気持ちを素直に言えるとは……。
わたしは自分のことをよーくわかっているのでしょうか。


確かに犠牲にするのは自分の気持ちだけ。
ただそれだけ。

しかし、わたしは自分の気持ちを最優先事項に掲げ、大々的に宣言している人間です。

それを犠牲にしてしまったら、あとに何が残るでしょう。

後悔と、怒りだけです。

自分に対して。




もしかすると状況が一変することがあるかもしれない。
誰かの鶴の一声によって何かが変わることがあるかもしれない。
わたしに何かが起こって「今までの人生、ぜーんぶうそ! 間違ってた! わたしの思い違いだった! 人生はこんなに楽しくて素晴らしいんだ!」と思えるようになるかもしれない。


ま、ぜんぶ「かもしれない」。
50/50。


たぶん前向きな人だったら「じゃあ、賭けようよ」「だいじょうぶだよ」と言うんでしょうね。


ここでの問題は、ただ「わたしが暗い」「わたしが臆病」「わたしが後ろ向き」であるということだけ。

読んでる人は気分悪いでしょうね。


あんたバカだねーって。

偉そうなことばっかり言って、簡単なことばっかり屁理屈でごまかしてるって。


そうです。そうなんです。

だから困ってるんですよね。


でもね、これもわたしの人生。
わたしの性格ゆえの人生。


どうしようと、どうなろうと全部自己責任。

明るく生きようが、暗く生きようが、結局は自己責任なんです。

だからこんな人がいても「そんなんでも、ま、いいんじゃないのー」と言ってあげてください。
それだけで気分が楽になることもあるんですから。




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チラ裏的なもの4

その年代特有の流行。

例えばわたしが小学生のころでいうと、シールとか文房具とかそういうの。

流行っていうか、なんとなくみんな持ってるから私も持ってないと、みたいな。
別に本当はそんなに興味ないんだけど、みんなが持ってるから、自分も持ってないと、みたいな。

今から考えると、そういうのってくだらない。

「みんなが持ってるから」って。

そういうことほどくだらないことはない。


最近の子どもはどうなんでしょうね。

なんか妙に洒落っ気出したような格好ばっかりして。

そういうの好きじゃないけど、雰囲気的に取り残されたくないっていう子は必死に追いつこうとしているのかな。

自分は自分と完璧に割り切ってる子はいいけど、そうじゃない子は大変だ。


まだシールがとか、シャーペンがとか、ねりけしがとかいってるほうがましだ。




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性悪

これまで自分はそんなに性格悪いほうではないと思っていましたが、
最近よく思う「わたしは性格がものすごく悪い」と。


何もしてこない人畜無害の人には、もちろん何もしないんですが、
頭の悪い、口のきき方もしらない、礼儀のなってない、人の心を慮ろうとしないようなやつには、かなり容赦ない。


かといって「あんた、自分のこと何様だと思ってんのよ!」なんてことを面と向かっていったりはしない。
「あの子、仲間はずれにしよーよ」なんてことを言ったりもしない。


なにをするかというと「ゆるやかな無視」をする。

・何かいわれても聞こえていないふりをする。
・「わたしにそれ答える義務ある?」という感じで、プライベートな質問に答えない。
・こちらから何かを聞いたりしない。
・褒めたりしない。
・名前を呼ばない。
話題にしない。
……。

まあ、こんな感じで、じわじわといやーな感じで攻撃(反撃)するのです。


名前を呼ばないとかって結構効くと思いますよ。

ねえ、とか、あのさ、とか、ちょっと、とか。

まあ、呼びかけたりしないから、そんなのも必要ないんですけどね。


こういうことを誰かれかまわずするわけではありません。
ほんとにピンポイントで。

「あのさ、なんでそういうことわたしに言うわけ、するわけ」ってやつにだけするので、だいじょうぶです。


わたしもほんとはこんなことしたくないけど、されて当然の人なんですから、しょうがないんですよ。




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罪悪感

ここ1週間ほどひどい罪悪感にさいなまれています。

寝ても覚めても罪悪感の嵐。


別に何か人の迷惑になるようなことを、ここ最近にしたということではないです。



わたしはひどく過去に捉われるたちでして、あることをきっかけにして、

あのときわたしはこういうことをした、だから今こうなっているのではないか……
あのときわたしがしたことで、今のあの人に大変な負担をかけているのではないか……

そういうふうになってしまうんです。


悪いサンプルです。


過去はいくら振り返ったってしょうがないというのはわかっているのに、
どうしても考え込んでしまう。

出口が見つからない、とてつもなく暗く長いトンネルの中を今、好き好んで一人で歩いています。



わたしはよく「過去なんてないものだと思ってるから~」なんて、調子ぶっこいたことを人に向かっていいます。

そういうふうに考えるときもあるんです。


でも本当のことをいうと、過去しか見ていないのかもしれないです。


こういうのは自分でもほんとよくないとは思っているんですが、いっつもそうです。


それにプラスして「自分一人で勝手に始めて、自分一人でどうにかしようとしてしまう」という性格も、この過去に捉われて罪悪感にさいなまれる性格に拍車をかけてしまっています。


自分一人でどうにかするっていうのは、言い換えれば、他人の力を借りずに、他人の意見を聞かずに、他人の例を参照せずにやってしまうということです。

つまり間違っているかもしれない方法を「自分はいいと思ってるから」という理由だけでつらぬいてしまう性格。


途中まではいいんです。調子に乗れているから。

でもあるとき、はたと気づく。


「これでだいじょうぶなのか」と。


で、たいていの場合「なんか違うかも?」となってしまう。

そしたらもう大変だ。


それが間違っていなかったとしても「正しくないかもしれない」「間違っている可能性もあるかもしれない」というほんの小さな隙間を、納得がいくまで、というか、次に頭のなかを占領する新しい悩みが来るまで、ずーっといじくりつづけてしまう。

ずーっと昔のことまでも。


で、罪悪感にさいなまれる。

解決するはずのない、自問自答のお時間の始まりです。


いうなれば「バカのループ」です。


って、こういうふうに思うでしょ。

前にも何回もこういうふうに思ってるんですよ。

なのに、またこうやってバカのループに陥ってる。

罪悪感にさいなまれてね。


ほんと、バカのループ。


最初っから想定できてるはずなのに。

何回も確かめて、いろいろなことを調べて、「だいじょうぶ? だいじょうぶ。オッケー。じゃあ、これで」って、開始の時点で思ってるはずなのに、いくらか時間が経てば、その自分の確信にさえ疑問を持ってしまう。

これもいけない性格ですね。


自分がいいと思って決めたことなんだから、なにがあってもだいじょうぶなんだよ!


時間が経ってもそういうふうに思えるのならいいのかもしれない。

でも、なぜかわたしいは今の自分と過去の自分が分離しちゃってる感じで、
そういうふうにはいかない。


大変です。


だれか一人でも「だいじょうぶ、あなたは間違ってない」といってくれる人がいれば、この悩みは一瞬のうちで消え去ってしまうものです。


でも「わたしは間違ってませんか?」なんて恥ずかしいこと、人に聞けません。

大事なときには聞くべきなんでしょうが、ふつうの何気ないときに、ただ自分の罪悪感を消し去りたいばかりに、人に自分の出来を聞くなんて、そんなことはできません。


だって、いつだってその部分には気を遣っていますから。

ダメなら、その雰囲気は感じるはずですから。


……なら、お前のその罪悪感ってのはムダなんじゃないの?

そういう話になりますね。


まあ、そうなんでしょうね。


要は、誰かに聞ければいいんだけど、聞くわけにはいかないから、自分で自分をどうにか納得させられるような答えを見つけようとしてるけど、結局は見つからないから……ってことなんですね。


要は、自分で自分を苦しめてるだけなんです。


要は、ひとりSMプレイみたいなもんなんです。

そういうことなんでしょう。


はい、ひとつ答えが出ました。




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